中国 成都、麗江、肇慶へ 後編。(2010年9月)

2010-10-30

今回の訪中は九月十九日・福岡から大連に飛んで山東省済南を経由して四川省成都-雲南省麗江-広東省肇慶と二十五日までの間、中国を縦断するような旅であった。

麗江での慌しい一日。(二十三日)

【昆明から麗江への鉄道の高架。】


朝八時三十分から昼まで研究員の和麗宝氏及びガイドの楊さんと
ホテルの部屋を借りて、東巴文字について質問する程度の時間しかなく
麗江では満足な事は何も出来ずに残念であった。

【ホテルのロビー横の部屋を借りて。左からガイドの楊さん、東巴研究員の和麗宝氏。小生。】


【質問風景。】


昼食を共にして来春また再開する事とし、宿題を残したままで十六時の
広州行きに乗るため十四時にホテルを出発した。

広州行きは若干遅れたが無事に着いて、広州のガイドの車で肇慶へ直行し
ホテルに着いたのが二十二時十五分。夜も遅いのに劉演良先生と娘さんの劉紅さんが
わざわざ出迎えに来ておられた。

夜も遅いので明日の打ち合わせを簡単に済ませて終わった。

肇慶(二十四日)

朝食を劉先生・劉紅さんと共にしたのち劉先生宅へ行く事になった。

劉先生の奥様と挨拶を交え、早速劉先生から出来上がった老坑を見せて頂いた。

素晴らしい作であった。

【劉先生宅にて。先生の説明を受けているところ。】


【硯の鑑定と説明。】


【鑑定中の先生と劉紅さん。】


それから

先生が『以前博物館で小さい【黒端】を見たことはあるが』と言って
一つの硯を取り出した。

最近、麻子坑と老坑の間の渓流で大きさ三十数センチの【黒端】の原石が発見され
それを劉先生が入手し、先生ご自身で作硯されていた。

漆黒の硯面にすっきりと金線が通った素晴らしい硯であった。

黒端については、かつて宋の趙希鵠が『洞天清録集』にて
端渓下岩旧坑に卵石あり。黒き事漆の如し。と記述していると
ある本で読んだ記憶があるが、諸説幻とされて来た。

その幻の黒端を目の当たりにするとは思いもよらず、見惚れていると
劉先生は、原石から二つ硯が出来たので、一つ分けても良いと仰ったので
それを貰い受ける事にした。

他に著名な銘の刻された太史硯を手に入れることが出来て大変嬉しい気持ちで
昼食をご馳走になった。

この昼食は劉先生が別のホテルに用意してくださっていて、劉先生一家と
広州からのガイド、運転手と共に頂いた。

十三時に肇慶を出発して広州で一泊。二十五日に無事帰国した。

黒端については後日紹介する事に。

おそらく日本の愛硯家達も、本物を見たことがないであろう。

最後に、もう乗る事は無いと思うが成都-麗江行きCA4265便は要注意である。


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